100年後の映画館のために

映画館元副支配人による映画と映画館をめぐるインタビューの記録

2017-08

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劇場体験は人生に何らかの影響を与える(伊藤孝司さん)

『ヒロシマ・ピョンヤン』は、ヒロシマで被爆した北朝鮮人の親子を取材した
ドキュメンタリー映画です。北朝鮮人の被爆者といわれてもあまりピンとこない
人が多いのではないでしょうか。この作品は知られざる事実を私たちに突きつけ、
戦後65年経ったいまもまだ戦後は続いているということを改めて認識させて
くれます。8月は映画を通じて戦争について考えてみてはいかがでしょうか。

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第14回:伊藤孝司(『ヒロシマ・ピョンヤン』監督)

tirashihirosimapyd.jpg
『ヒロシマ・ピョンヤン』
シネマ・ジャック&ベティにて上映中!
~8/13(金)12:40~14:15
以降の上映予定は公式サイト

★北朝鮮で暮らす被爆者のことを知っていますか?
Q:この作品を作った経緯を教えてください。

伊藤:81年から広島と長崎を取材するようになって、韓国人・朝鮮人の
被爆者がいるということを初めて取材するようになりました。私はこれまで、
日本がアジアに戦争で及ぼした被害について様々な対象を取材してきました
が、実は最初にまとめたのが『原爆棄民―韓国・朝鮮人被爆者の証言』(1987年)
という、韓国人、朝鮮人被爆者の問題を扱った本でした。この問題はジャーナ
リストとしての私の原点でもあり、今回の映画はその原点に帰ってきたという
思いがあります。
 95年以降、デジタルビデオカメラを手に入れて映像でも記録するように
なりました。音声を残していく必要性を感じたからです。テレビでも映像を
発表してきましたが、テレビだとどうしても視聴者からの反応が伝わってこ
ないので手ごたえが感じられませんでした。また、撮ったものが短く編集さ
れてしまうことにも不満を感じていました。そうした中で新しく自分の作品
を作ろうと考えたとき、自分の原点である被爆者をテーマにしたものを撮る
ことにしました。

Q:作品のテーマや題材はどのように決まったのですか?

伊藤:2007年にこの映画の主人公である李桂先(リ・ゲソン)さんが、
日本に被爆者健康手帳を取りに来るという話がありました。北朝鮮との国交
がない今、在朝被爆者が例外的に来日するということで関係者はかなり期待
したのです。このとき、この出来事を映画として記録できないかと考えまし
た。当初の計画では、まず平壌(ピョンヤン)に行き、彼女が日本に来るまで
を追い、来日して広島の母親と会い病院に行って帰国するまでを記録する予
定でした。ところが、李桂先さんの同行者の入国問題で来日は実現しません
でした。いったんは諦めかけたのですが、在朝被爆者は唯一、国が手をつけ
ていない被爆者問題という状況もあり、これは絶対に自分がやらなければな
らないと思い直しました。

Q:李桂先さんを主人公にしたのはなぜですか?

伊藤:12人の在朝被爆者を取材した中で、健康状態がもっともひどく、
手帳を巡る問題や、広島のお母さんに会いたいと熱望されていることなどから、
李桂先さんが適任だと判断しました。センセーショナルなシーンは撮れないので、
一人の在朝被爆者の日常を淡々と撮って、彼女の思いや病気の状況、在朝被爆者
問題の全体像を明らかにする作品にしようと考えました。

Q:撮っていく中で監督ご自身の気持ちに何か変化はありましたか?

伊藤:日本にいると、北朝鮮の人たちの暮らしはまったくわかりません。
韓国では、かつては北の人たちは頭に角が生えているなんて教えていた時代が
あったくらいです。でも、李桂先さんのアルバムを全部借りて平壌のホテルで
見ていたとき、一人の女性の人生が見えてくるとともに、北朝鮮という国の姿
が実感として見えてきました。被爆者でありながら、核がないと自分の国が守
れないとして自国の核実験を肯定し、そういう国の指導者に対して心からの敬
愛の念を抱いていることなど、私たちには理解しがたいこともあります。です
が、そういうことも含めて北で暮らしている人たちの素直な気持ちを取材する
ことができたのではないかと思います。

hiropyong.jpg
J&Bの横壁にて。

Q:私も、被爆者でありながらも核開発をしている自分の国を全肯定しているという矛盾に違和感を覚えました。

伊藤:映画が完成する前に、日本で暮らす親族の方に意見を聞く必要がある
と思って、試写をしました。李桂先さんの指導者に対する敬愛の念を話すシーンや、
軍事パレードの映像などは入れないほうがいいのではないかという意見が出ました。
日本にいる在日朝鮮人の方々は、常日頃から「あんな国を支持している」と非難に
さらされているので、北朝鮮をあからさまに評価しているような場面は出して欲しく
ないということでした。これはこの家族だけでなく、北を支持している在日の人たち
の多くはそういう複雑な思いを抱えていると思うんです。でも、李桂先さんの言って
いることも、軍事パレードで国際社会にアピールしたりしていることはまぎれもない
事実ですし、私はそのまま使うべきだと判断して、削除はしませんでした。

Q:北朝鮮にいる人と、日本にいる人とのそういう意見の違いは興味深いです。

伊藤:いまは日本の経済制裁で、在日朝鮮人が祖国に行くのは極めて
難しいのです。かつては万景峰号(マンギョンボン号)に乗れば行けたわけですが、
2006年の入港禁止以降は、北京経由の飛行機で北京に一泊しなければならず、
時間もお金も労力もかかり、お年寄りが行くとしたら命がけの旅になります。
そういう不幸な日朝関係の中で、李桂先さんもお母さんに会いたいと思いながら、
ついに会えなくなってしまいました。二つの国家の間で暮らしている人たちが、
このようにして犠牲になっているという現実があります。


★常に高校生でもわかる作品を目指して
Q:テレビと違って劇場公開してきた反応はいかがですか?

伊藤:自主上映してきたときにアンケートをお願いしたのですが、ものすごく
反応があります。悪く書いているものはほとんどありません。知らなかった
事実を知ることができてよかったという声など、好意的な意見をたくさん
いただきました。多くの人からこの作品に対して評価をいただいたのは、
これまでのテレビの仕事ではなかったことなので、非常に充実感があります。

Q:やはり、お客さんからの生の反応が得られる場として、作り手に取って映画館の
存在は大きいということなんですね。

伊藤:この暑い中、時間をかけて、お金を払って見に来てくださるということは
本当に感謝しなければいけません。そして1時間半の時間を、映画館という
閉ざされた空間で、完全に他のことを忘れて映画を受け止めるという体験は、
程度の差こそあれ、その人のその後の人生の中に何らかの形で残ると思うの
です。これがDVDで家庭のテレビで観たのであればそのような伝わり方はしな
いと思います。劇場で作品を受け止めるという行為は、非常に大きいのでは
ないでしょうか。

Q:私は家で、DVDで観てしまいました。すみません。ところで、監督はこの作品が
映画として初めての作品になりますが、今後も映画を作り続けていく予定でしょうか?

伊藤:今回劇場公開してみて、 劇場で上映することの意味がわかってきて、
また次の作品を作りたくなってきました。今2つほどプランがあるのですが、
当然お金の問題があるので実現に向けて方法を考えなければいけません。今回
の作品はいろんな関連団体から資金面で支援していただいて実現したのですが、
次の作品はそういうものではないので大変だと思います。

Q:いろいろな団体が絡んでくることで、内容について口出しされるなど、
やりにくい点はありませんでしたか?

伊藤:まったく意識しなかったとは言えません。全体的に説明的過ぎると
思います。関係者のインタビューをもう少し削って、もっとシンプルにしたかった
という思いはあります。ただ、朝鮮半島の北側にいる被爆者というわかりにくい
ことをテーマにしているということと、自分の作品は常に高校生でも理解できる
ものにしたいという思いがあったので、ある程度の説明は必要だと割り切って作
りました。高校生が原爆についてどれだけ知っているかと考えた時、原爆被害の
実態に改めて触れざるを得ないと考え、広島平和記念資料館から米軍撮影の
フィルムや市民の描いた絵を借りて使いました。

Q:もっと李桂先さん親子とその家族にフォーカスした作品にしたかった
ということでしょうか?

伊藤:そのほうが作品としてのグレードは上がると思うんですが、テレビの
仕事をやってきたせいか、どうしても説明的になってしまうのです。
でも、次の作品では思いっきり映画にしようと考えているんです。もちろん
ドキュメンタリーです。

Q:社会から見棄てられた存在に光を当てるということが監督の根底にある
テーマだと思いますが、これからもそのテーマで作っていく予定ですか?

伊藤:そうですね。私の場合は日本に関係のあるものというのがテーマに
なっています。日本が近代化し、高度成長してきた中で見棄てられた人たちが、
日本にもアジアにもたくさんいるわけです。そういった人たちをこれからも記録
し続けていかなければいけないと思っています。

★自主制作作品の上映システムを

Q:まだ最初の作品ではありますが、現時点で映画業界に対して問題と
思うことなどありましたか?

伊藤:配給会社をいくつか当ったんですが、客が入るかどうかわからない
自主制作の作品に対しては、動員できなかった場合の保障として金額を提示
されるわけです。それがかなり高かったので結局自分で配給することにしました。
ただ、東京での宣伝だけはお願いしたんですが、最終的には赤字です。

Q:自主制作の場合は、自分で動かなければならないので大変ですね。

伊藤:上映にかかりっきりになり、他の仕事がまったくできなくなって
しまいました。こういった作品がもう少し簡単に配給してもらえるような
システムがあれば、もっと多くの人が映画館で映画をかけられると思うんです。

Q:具体的にはもう少し低予算で配給してもらえるとか、赤字にならない
システムとかそういうことでしょうか?

伊藤:そうですね。例えば私の仲間たちが「ビデオアクト」という、
自主制作のビデオ作品の流通組合をやっています。同じように、劇場に
かける映画をうまく流通していけるようなシステムができればいいので
はないかと考えています。

Q:この後、「ヒロシマ・ピョンヤン」はDVD化されるのですか?

伊藤:はい。個人と団体のカンパで制作したというものなので、1万円以上
カンパしてくださった方にはDVDを差し上げることになっているので、
何人もから「まだか」と言われているんです。

Q:海外映画祭での上映はいかがですか?

伊藤:50くらいの映画祭に応募しています。一つの映画祭にエントリー
するのに2万円くらいですので、これも相当お金がかかっています。
5ヵ所での上映は決まりましたが、どこかで賞が欲しいと思っています。

Q:これから各地の劇場を回られると思いますが、ぜひ劇場と一緒になって
上映を成功させられることを期待しています。

伊藤:
先日、『映画館の作り方』という本を読みまして、一生懸命やっている
劇場の人たちの姿が見えてきて、ぜひともこういったところでやってみたく
なったんです。応援することになるのか、足を引っ張ることになるのかわかり
ませんが、劇場の人たちとつながりを持ちながらやっていくのはとても楽しみです。

Q:今日はありがとうございました。

2010年8月1日(日) ジャック&ベティ応接室にて

<プロフィール>
伊藤孝司(いとう たかし)
1952年、長野県生まれ。(社)日本写真家協会会員・日本ジャーナリスト会議会員。
アジア太平洋戦争で日本によって被害を受けたアジアの人びと、日本がかかわる海外
での大規模な環境破壊を取材し、雑誌・テレビなどで発表してきた。日韓・日朝関係
についての取材にも力を入れている。映像作品として、北朝鮮で暮らす元従軍慰安婦
を取材したドキュメンタリー『アリラン峠を越えて』、北朝鮮軍需工場に強制連行さ
れた被害者を取材した『銀のスッカラ』がある。

<リンク>
『ヒロシマ・ピョンヤン』公式サイト
伊藤孝司の仕事 


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